クリニック第三者継承 成約事例インタビュー『林産婦人科』前編

継嗣三代、100年余地域産婦人科医療を支えてきた軌跡と信頼は、第三者承継によって確かにつながれ、着実な一歩を踏み出した

藤井治子 理事長・院長

林産婦人科」の開設は大正7年にまで遡る。親子三代にわたり生命の誕生と感動を見続け、地域産婦人科の代名詞といえる位地を築き上げてきた。2024年4月、第三者事業承継によって当院4代目院長に就任したのは、藤井治子医師だ。大学と関連病院で研鑽し、京都府の威明轟く産婦人科「ハシイ産婦人科」で17年間勤務した後に承継開業を決意。当院近隣のマンションに移り住み不休の診療を行っている。前編では産科医療への想いと開業に至った動機について伺った。

医師としての転換期と新たな気づき

−−−ご経歴を見ると、京都大学産科学婦人科学教室に退局後関連病院に出張し、 大学院に戻られたということですが、産科というより、婦人科疾患の治療を中心にやってこられたということでしょうか。
(藤井治子院長)大学院での研究テーマは 受精卵が母体の子宮に着床する瞬間のメカニズムで、出産以前の妊娠に至るまでの勉強をしてきました。大学病院や関連病院では、分娩にももちろん携わってきましたが、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんなど婦人科腫瘍への治療により興味をもって取り組んでいました。

――では、本格的にお産に取り組まれたのは、前職の「ハシイ産婦人科」からということでしょうか。
大学の研究室にいる間に、息子を出産したのですが、生まれつきの病気を抱えていて、育児に十分な時間が必要でした。同時に研究を終えて自分自身のキャリアビジョンを見直す転換期でもありました。そこで出会ったのがハシイ産婦人科です。そのまま17年間も勤務することになりました。

――ハシイ産婦人科勤務で大学では得られなかった新たな学びはありましたか。
転職前の6年間の研究や臨床業績は、産婦人科医療の限られた一部でしかなかったことを実感しました。これまでと違って、ハシイ産婦人科では、診療の6~7割が妊娠分娩管理でした。私自身が出産を経験し、子どものために何をしてあげるべきか、母親として自分がどう成長したらいいのかに思い悩みましたが、ハシイ産婦人科で臨床に立ち、お母様方に接し、不安や感動に触れ、私が医師としてすべきことは何かという考え方が大きく変わったように思います。目の前のお母様に求められていること、今私がしてあげなければならないことを、一つひとつ可能な限り丁寧に学んでいくように心がけました。

――前職でも副院長という重責を担われていたわけですが、さらに責任の重い自院開業へと向かわれた動機をお聞かせください。
ハシイ産婦人科のような地域に根ざした診療所では、医療は自ずとプライマリケアに傾きます。疾患の発見が遅れることで、育児や家庭生活に支障がでないようにと、乳がん検診などの二次予防を大切にするようになりました。お産はいつの時代も危険と背中合わせです。あたかも逆らえない運命のように妊娠分娩合併症に襲われます。また、大まかな経過が順調であっても、マイナートラブルやメンタルヘルスへのサポートを必要とするお母様方が大勢いらっしゃいます。そのような方々に対し、私にできることはなんだろうと考えると、「いや、二次予防では物足りない。未然に防ぐ努力が必要だ」と新たな課題が生まれました。もっと健康に妊娠し、元気に妊娠生活を送り、安全なお産を迎えるために女性の体作りを大切にしたい。母体の健康増進は、産まれる赤ちゃんが一層元気に育つことにつながり、産婦人科医にしかできない最も重要な一次予防であると考えました。一次予防を丁寧に行なっている産科医療機関はなかなかありません。だったら、私がやってみたい。ハシイ産婦人科でも不可能ではないし、待遇面に何の不満もありませんでしたが、残りの医師人生をどう生きるか考えたときに、自院開業を選択し貫きたいと考えました。

――産科医療では出産を控えた方とは、十月十日の長く濃密な関係性が続きますね。
私は十月十日で終わるとは全然思っていません。それに、たった10カ月間のかかわりでは何もしてあげられません。女性の一生にお付き合いするのが産婦人科医です。さらに赤ちゃんとは母親の胎内にいるときから会話が始まっているのです。お母様との会話は思春期にまで遡ったらどこまでも話題が尽きません。出産後も婦人科疾患のケアや悩み事の受け皿でありたいし、更年期、老年期になっても立ち寄っていただきたいと思っています。私自身がそうですが、エイジングを遅らせて元気に生きたいという女性の思いにとことん伴走していきたいのです。女性はデリケートなことも含め、一番気になることを身近な信頼のおける人に相談したいものです。そういう方々が私の目の前にいらっしゃることを日々医療現場で実感しています。

院内の様子

――日本は世界屈指のお産安全国とされていますが、それでも100%では当然ありません。出産のリスクに対する不安と理解にどう向き合われていますか。

お産のリスクをゼロにすることはもちろんできないのですが、不安に怯えたまま出産を迎えたら、リスクはさらに膨れ上がります。 リスクを正しく伝えることは大切ですが、それよりもお母様のリスクを一緒に抱えてあげよう、一緒に精一杯やっていきましょうという気持ちで臨みたいと思っています。お産って怖いし、痛いし、誰も快適じゃないんです。でも、その快適でない時間に挑んでいく勇気を大切にしたいのです。総合病院のような重厚長大な施設設備は備えられませんが、寄り添うことによる快適感情、信頼のおける人に支えられている充実感といったメンタリティが、「産む力」を高め、お産の経過を変えると信じています。英国から、施設の大きさや設備の充実が分娩合併症を減少させるわけではないことが報告されていますが、臨床現場でも実感しています。

<実現したい医療を事業承継でかなえる>

―ところで、今回の承継開業についてですが、当初先生は新規開業と承継開業を同時並行で検討されていたのですか。
実現したい医療への強い思いがあって、真っ白な状態から私の色で作り上げたいという考えももちろんあったのですが、お産主体の有床診療所となると立地や現実的な予算の問題があります。調達可能な資金にも限界があるでしょう。また、地域から必要とされているのにもかかわらず後継者不在に悩む医療機関がある一方で、思い通りの施設を新設することの矛盾やサスティナブルな観点からも新規開業にはやや疑問が湧きました。承継開業を選ぶにしても、前院長がこれまで続けてこられた医療とうまく融合できるのか、チーム医療を進めるうえで、スタッフたちの理解が得られるだろうかという不安もありました。でも、私の思いがスタッフにすら伝わらないようなら、患者さんにも振り向いてもらえません。現場で頑張っているスタッフを大切に思いやり、生活を守り、地域の方々がいつでも安心して受診できる、そんな当たり前の行いが引き継げないような医師に地域医療など守れるはずがありません。そういう決意で承継開業の意思を固めました。

左から日本医業総研・猪川昌史、藤井治子院長、メディカルトリビューン・中西

――そこで当社の猪川に相談されたわけですね。
中学校時代からの幼馴染みに紹介してもらったこともあって、猪川さんには初対面から安心して相談させていただきました。相談というより先ほどお話したような、産婦人科医療に対する思いの限りをぶつけた感じでしょうか。

(猪川昌史/日本医業総研)弊社までお越しいただき、1時間ぐらい延々と話をされてましたね。

(藤井)そうなんです。延々と(笑)。でも猪川さんは全然嫌な顔もされずに、ずっと真剣に聞いてくださいました。

(猪川)私の受けた印象を言えば、あのときも申し上げたと思いますが、考え方にブレがない藤井先生だったら、新規であれ承継であれ、開業は成功すると確信めいたものを感じました。

(藤井)直感的に猪川さんとのご縁を大事にしなければ夢は実現しないと思いました。だから、私が大切に思っていることを初対面で精一杯伝えるしかないと考えたのです。起業や経営の知識など何も理解できていない私の話は、ただ夢を語っているに過ぎないのかもしれませんが、猪川さんはすべてを真正面から受け止めて、快く引き受けてくださいました。勇気づけられましたし、本当に嬉しかったです。

――前勤務先のハシイ産婦人科も、藤井先生の開業には協力的だったそうですね。
橋井康二院長からは長年薫陶をいただき、妹のように大切にしていただきました。林産婦人科の承継を相談したときも、「そろそろええ歳なんやから、そんな大変なこと止めとけと思うけど 、藤井先生がやりたい言うたらどうせ止めへんやろうから、頑張って行ってこい!」と笑顔で背中を押してくれました。法人の総事務長や顧問税理士までここに来てくださり、細部にいたるまで貴重な助言をいただきました。

――その場の光景が目に浮かぶような、橋井院長の懐の深さや温かな人格がうかがえる話ですね
本当に心の広い方です。常に私の医師として、人としての成長の機会をいただいてきました。林産婦人科の承継はその真価が問われますし、同時に橋井院長に対する恩返しでなければならないと思っています。

(文責 日本医業総研 広報室)

◆Clinic Data

医療法人社団 林産婦人科

診療科:産科 婦人科

所在地:〒654-0052 兵庫県神戸市須磨区行幸町4-2-7

クリニックホームページ:https://hayashi-clinic.or.jp//

■ご相談やサービス案内資料の送付は無料で承っております

メディカルトリビューンでは、これまで地域医療に貢献してこられた開業医の先生方の豊かなリタイアメントライフを実現するご支援をさせていただいております。
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