事例から見るクリニックの親子間継承
クリニック継承は、大きく親子間承継と第三者間承継に分けられますが、
うまく子どもに継いでもらえるのであれば、それが最も望ましいことは言うまでもありません。
今回は事例を参考に、親子間承継をスムーズに進める為のヒントを探ってみます。
■患者減少や院長の高齢化で引退を検討しはじめたが…
今回紹介するのは、80歳を迎えた院長が、都市部の病院に勤務する40歳代半ばの息子に承継した事例です。
この院長は約40年前に自宅を新築した際、併せて現在の医院を開設しました。
開業当初は、家電メーカーの大型工場が近くに誘致されたことなどもあり、地域医療を一手に担う診療所として医業収入は着実に増えていきました。
しかしその後、公立病院が増床されたことや、競合診療所の開設が続き、引継ぎ時には1日の来院患者は平均10人弱という状態でした。
息子さんに期待するところはありましたが、医業収入が現在の状態のまま引き渡すことへの躊躇いがある一方、自宅の1Fを貸すことになるので第三者への譲渡にも抵抗感をいだいていました。
建物の老朽化も目立つことから、閉院し不動産ごと売却することも考えていました。
一方、都市部の病院に勤務する息子さんも開業を考え始めていましたが、子どもの学校のこともあり、都市部での開業以外で家族の理解を得るのは難しいだろうと考えていました。
とはいえ、病院あるいは自宅近くでの新規開業となると、多額の初期投資が必要となります。
都心部では競合も多く、成功の確信を持てずにいました。
■改めて開業シミュレーションを行い損益分岐点を把握
そこで息子さんは先輩開業医から紹介を受けた開業支援を専門とするコンサルタントに相談しました。
自宅周辺と父親の診療所周辺の診療圏調査を行ったところ、父親の診療所周辺でも1日に30~35人の患者数を見込めるという予想外の答えが返ってきました。
医業資産を無償で引き継ぎ、その他の初期投資を1,500万円程度に抑えれば、1日20人で損益分岐点をクリアできるだろうとのことです。
この結果を受け、息子さんの気持ちは一気に承継に傾きました。
残る課題は家族の説得ですが、片道2時間の医院へ毎日通うのは現実的ではなく、
休診日(水曜日)と土曜日午後および日曜日を自宅で過ごし、その他の曜日は実家に泊まる
という変則的な単身赴任を提案。家族の了解を得ました。
■父と子が協力して各種手続きや引き継ぎを実施
父親(院長)も快諾したことから承継活動が一気に進みました。老朽化した建物・設備の改修工事、内装のリニューアル期間中は、敷地内にある駐車場の一角に仮設診療所を設置し、診療を継続しました。
息子さんは仮設診療所へ移設する3カ月前から週1回診療に入り、その後、徐々に回数を増やしました。この引継ぎ期間中、父親は患者をはじめ、地区医師会、町内会、周辺医療機関へ出向き息子への承継の告知を丁寧に行いました。
承継の翌月には、来院患者数が損益分岐点をクリアし、1年後の現在は診療圏調査の通り1日30人前後で推移していますが、上昇傾向は続いており、さらなる増加も期待できるという状況です。
■親子間承継のメリットと留意すべき点
最後に親子間承継のメリットと注意すべき点を記しておきます。
承継の成功には、譲渡側と譲受側の診療に対する診療方針・考え方に大きな齟齬がないことが重要です。
親子間承継の場合、実の親子なんだから心配いらないよ、と考えられる先生もいらっしゃいますが、継承前後の診療方針がガラッと変わるような承継は、後々問題を引き起こすことにつながりかねません。
今回の事例は、父親が築いてきた診療所を受け継ぐという息子さんの意思が確固としたものであったため理想的な承継となりました。
営業権や患者、スタッフをそのまま引き継げることも承継のメリットですが、親子間承継の場合、そのメリットがさらに強く現れます。営業権は基本的には無償ですし、賃貸料も安く設定できます。また、本事例のように改修工事費用を親が出すことも可能です。
但し、こういった点は税法上、親から息子への贈与と見なされる場合もあり、
専門性の高いコンサルタントや税理士へ相談の上、慎重に決めていくのが望ましいと言えます。