うまくいかない親子間承継とは―失敗例に学ぶ―

 

前2回に渡り、円滑な親子間継承に必要な条件と上手く引き継げた事例をご紹介しました。
今回は逆に、思い通りにいかなかった親子間承継の事例を紹介し、親子間承継を成功に導くための条件を再確認したいと思います。

今回紹介するのは、20年以上の歴史を有する外科診療所です。

■黒字経営を維持する診療所の承継を息子に打診

この診療所は院長の個人名義で取得した土地に開業したもので、1Fを外科診療所(医療法人)、2・3Fを住居としています。
ピーク時は年間収入3億円、年間利益が1億円に達し、引継ぎ時でもそれぞれ1億6,000万円、6,000万円と十分な黒字経営が維持されてきました。

院長は地区医師会の会長などの重職を歴任され、地域からの信頼も厚い方ですが、60歳代の後半に入り、外科医として現役を続けることに体力的な不安を感じ始めていました。
黒字経営のうちに若い医師に引き継ぐことを考えた場合、真っ先に浮かんだ候補は県外の病院に消化器外科の専門医として勤務する息子さんでした。

電話でクリニック引継ぎの打診をしたものの突然の話だったので息子さんは返答を保留し、後日、有給休暇をとって実家に戻り、院長と話し合いの場を持ちました。

■診療内容に不安を感じるも診療方針の確認はせず

院長は決算書やレセプトデータ等を見せながら「経営が安定している今の段階から引き継ぐことを検討してもらえないか。承継できないのであれば第三者に売却するか閉院するしかない」と息子さんに話しました。
決算書の詳細を理解することはできませんでしたが、残債がなく経営が安定していることは息子さんにもわかりました。

院長は診療所の全面リニューアルや古くなった医療機器の入れ替えも検討していることを伝え、それを聞いた息子さんは、医師としてよりも医院経営者として語る父親の姿を新鮮に感じ「開業医も悪くないか」と承継の方向へ気持ちが傾きました。

レセプト内容から診療内容は一般的な初期外科の治療や、本来なら内科の領域である生活習慣病の治療まで含まれている点は気になりましたが、病院と診療所の機能の違いやローカルの特性と考え、この点に関する疑問には触れずにいました。

しかしこの時点で、引継ぎ方や承継後の診療方針については何も議論さなかったことが、後に大きな問題を引き起こす原因となりました。

■診療方針の変更を院長は拒否、半年で承継は失敗

都心部から地方圏へ引っ越すことになるものの、診療所の承継を息子さんの家族は受け入れ、勤務先にも退職の意思を伝えました。
後任医師の目途がついた3カ月後には病院の引継ぎや新居探しも済み、診療所承継の方針について具体的な話し合いが行われないまま、簡単なレイアウト変更だけで、二診体制での診療が始まりました。

このように、謂わば「なし崩し的」に始まった新体制の問題点は親子間の確執としてすぐに現れました。
新体制から1カ月後、息子さんが「これからの診療所は特徴を明確に出して、専門医療とかかりつけ医を両立させるべきでないか」と口にし、内視鏡を用いた検査や日帰りオペの導入を提案しました。

しかし院長は、これまでの診療方針が地域に浸透していることや、提携先との関係もあることから「当面、診療方針を変えるつもりはない」と答え、息子さんを落胆させました。

院長は口約束していたリニューアルや新しい医療機器の購入に着手するわけでもなく、「承継先」としての息子さんに関係業者や顧問税理士を紹介することもしなかったため、
息子さんには院長に対する不信感が芽生え、新体制からわずか半年後に退職してしまいました。

■息子は自力で新規開業、診療所は第三者に譲渡

息子さんには勤務医に戻るという選択肢もありましたが、開業医を目指した以上は初志を貫きたいと、数カ月後に別の診療圏で上部・下部に対応した内視鏡に専門性を発揮する消化器内科診療所を開設しました。
開業資金は父親に頼ることなく全額、借入金で賄いました。

一方、院長の方は息子さんへの承継失敗について後悔と反省に苛まれながらも、そのままでは事態は何も進まないので、第三者への法人譲渡に舵を切り替えました。
長年黒字経営を継続し、患者基盤もしっかりしている優良案件であったため、買い手はすぐに見つかり、職員の雇用も維持されました。

前回の反省を活かし、診療方針については承継先の考え方を尊重し裏方に徹したことから、承継はスムーズに完了しました。

■親子間承継成功のためのポイント

本事例には親子間承継が失敗に至る要因(逆に言うと親子間承継成功のポイント)が満載です。以下、3点を挙げておきます。

①診療方針

診療方針についての確認は第三者承継においても不可欠ですが、親子間承継の場合は、お互いの「甘え」や「遠慮」から、事前に双方の考えをすり合わせないことがあります。本事例では院長が、自分が築いた方針を息子に踏襲してほしい(踏襲してくれる)と無意識のうちに期待していた節がうかがえ、息子さんのほうも、最初の話し合いで感じた診療内容に関する不安や承継後の希望を父親に伝えませんでした。

②体制づくり

事業をうまく承継するためには、後継者が診療所を経営していくための環境や体制を最低限整えたうえで引き渡すことが重要です。<自分が築き上げた城>という意識を捨てることが容易でないことは理解できますが、院長は裏方に徹し、新体制の周知に努めるべきでした。

③経営においては継承と新規開業は変わらない

開業医に転じるに際して、だれでも経営の経験がないわけですから、経営に関連した不安は事業継承でも新規開業でも同じです。親子間承継では、経営面においても、親は“相談役”としてサポートに徹することが大切です。